美の壺「肥後象がん」
小説か何かで、言葉だけは聞いたことのあった「象嵌」。
こんなに美しいものだとは知らなかった。
伊勢志摩サミットで、肥後象嵌をあしらった万年筆が記念品として各国首脳に配られたとのこと。
もともとは、武士の刀の鐔(つば)の装飾として、その後に帯留めや笄、小箱、朱肉入れなどの身の回り品。
現代ではネクタイピン、カフスボタン、ループタイ、ベルトのバックル、ペンダントなどにも。
辞書を引いてみると、広義ではさまざまな素材の細工が象嵌と呼ばれているようだが、
肥後象嵌は、鉄に金や銀。
どうやって精緻な金色を描くかが、番組の中で示されていた。
1)鉄板に鏨(たがね)で細い溝を刻む:「布目切り」
縦横斜め、あわせて4方向に細かく刻んでいくことで、鉄板の表面上に細かい突起が出来る。
ブギーボードで書いてみた。
電子メモパッド ブギーボードBB-12とBB-1GXを比較してみた - やまびこ観測所
刻みの幅は、1mmの間に7本〜10本入るほどの細かさ。
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2)金を打ち込む
鹿の角を使って、型で抜いた金や、金線を打ち込んでいく。
鹿の角は、「独特な柔軟性があって、かたさと粘りづよさを備えている」素材。
示されていたのは、いちょうの葉や実の散らされた柄と、金線で描かれた菊の花。
いかにも秋らしく、なんともいい感じ。
特に、菊の花の描写の細かさに見入ってしまった。
職人さん曰く、「目で見えないのは指先で見る」とのこと。
前の段階での布目切りを細かく細かく行うことで、極細の金線を密着させることが出来る
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3)金をつけた後、金がついている部分以外の地の部分の「布目」を削り取る
(地の黒を引き立たせる)
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4)「さび」処理
金の装飾を施した鉄に、熱を加え、古来の処方の「さび液」に漬けることで酸化させる。
経年劣化で出来てしまうような赤さびとの違いは、きめの細かさ、膜のようになること。
赤さびは表面がぼろぼろだけど、この「さび」はそうじゃない。
さび液につかわれるのは「かわがにのみそ」「ねずみのふん」「赤土」「海水」「井戸水」「わき水」
黒魔術みたいですよね、と職人さん。
さび液の次は、お茶の葉で煮る。鉄がさらに真っ黒になる。タンニンが鉄に結合。
(蜂蜜を紅茶に垂らすと真っ黒になるのと同じ反応ですね)
お次は「煤油」。すすと油を混ぜたものを塗って、黒に深みを出すとのこと。
仕上げに、「イボタ蝋」。イボタロウカイガラムシという虫が分泌するもので、さび止めとつや出し。
辞書を引くと、パラフィンが合成されるまでは便利に使われていたものらしい。
別の種類だが、コチニールもカイガラムシから取っていたらしいし、カイガラムシは資源なのだな。
小さい頃に見ていた図鑑の印象で、テントウムシのエサになる邪魔者くらいに思ってしまっていた。
で、この「いぼ太郎」ならぬ「イボタ蝋」……?
イボタロウカイガラムシは「イボタの木」という木の樹皮に寄生するとのこと。
さらに気になって、Google Scholarでちょっと検索してみると、この虫についてけっこう色々な研究がなされている模様。
学名はEricerus pelaだが、通称はChinese White Wax Scaleとのこと。研究者の名前も中国のものが多い。Scaleはカイガラムシ。
美の壺の感想を覚えとこう!と思って調べていたら、なんだか面白い資源に巡り会ってしまった。
カイコもそうだが、小さい体ながら、そこそこの量のタンパク質や脂質を生成できるというのはスゴい。
トランスクリプトーム解析で、ワックス合成にかかわる遺伝子も同定されているみたい……?
もうそんな年じゃないが、夏休みの自由研究(というか調べ学習)の良いテーマになりそう。
紹介されていた品々で印象に残ったもの。
前述のいちょう、菊の花。
すすきと萩に鈴虫の宝石箱。
孔雀の朱肉入れ。
「二引透唐草象嵌鐔」
「桜破扇散図鐔」
「桜九曜紋透鐔」
林又七の作が有名、WEBでも見られる。
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/130784
永青文庫に所蔵のあるものも紹介されていた。展示などがあれば、いずれ実物を見にゆきたいもの……。
いや、本場の熊本にも行ってみたい。
このあたりに行けばよさそう。
[くまもと工芸会館]
[象嵌 光助]
http://www.mitsusuke.com/company/index.html
オーダーメイドの工芸品をつくっている職人さんもいるとのこと。憧れだな……。プレゼントにも良さそう。
肥後象嵌は細川忠興が発展に関与しているとのこと。
細川護煕氏曰く、肥後象嵌は「武士のダンディズム、ストイックな美しさ」
職人さんの言葉が心にしみる。
「細かいことに手を抜かない きのうよりもきょうは、もうちょっといいものをつくろうという気持ちで続けていると 細かい良いものが自然と残っていく」