やまびこ観測所

世の中で起こっていることを観測して記事にしていきます。

手に心地よい てぬぐいのある暮らし

「てぬぐい」で手を拭うことにした。
以下の意味で、とても快適。なぜ、もっと早く試していなかったのかという気分になっている。
・乾きやすい
・かさばらない
・毛羽立たない
・手触りが心地よい

具体的には、以下の場面で使っている。
・ 外出時の持ち歩き
・ 台所:食器拭き/手拭き兼 台拭き
・ 洗面所

置き換え元は、その場所用と決めた小さめのタオルを使っていたところ。
無精をして、洗濯の頻度が減ると においが気になったり、
新品に交換する時機がつかめずにいたり、という状況だった。
(ついてしまったにおいは、漂白剤に漬けおいたり、煮洗いをしたりすれば、すっきりするが)

手ぬぐいは半裁にして使っている。
縁に切り込みを入れて、手で裂く。
裂いた方が、じょきじょきと、幅いっぱいにハサミをいれてしまうより、ほつれにくい気がする。
それでも糸は多少出るが、引きちぎるか、切りそろえれば大丈夫。
(使う前には予洗いしましょう)

身近に、ハンドタオルではなく手ぬぐいを普段づかいしている方がいたので、まねをしてみたら、
その心地よさに、すっかりやみつきになってしまった。
ふかふかのタオルの感覚も悪くないが、スーッと水気を吸い取ってくれる綿の織り地の頼もしさ。
乾燥して手が荒れる時期なので、タオルループの細かな糸にささくれが引っかかることもない。

ちょっとした手土産にいただいて、活用できずに眠っていた手ぬぐい達。
そのままだと長すぎて取り回しが不便、と思っていたが、切ればよいのだと知った。
(大きい絵柄で、一枚で完結するような作りの品は半裁にしづらいが……)

出典を控えそびれたが、最近見かけたTweet
「清潔なタオルを使える生活が、丁寧な暮らし」
という趣旨のものがあった。これは本当にそうだなと思う。
身の丈の範囲で、居心地良く暮らすのは幸せだな〜、と思う小市民である。

ハマスホイとデンマーク絵画(東京都美術館)

上野の東京都美術館にて、 2020年3月26日まで。
日曜の午前中に行ったせいか、外出控えか、思ったより混雑していなかった。
じっくりと、それぞれの作品に向き合うことができたように思う。


構成は以下。
1. 日常礼賛─ デンマーク絵画の黄金期  In Praise of Everyday Life̶The Golden Age of Danish Painting
2. スケーイン派と北欧の光  Light, Landscape and the Artistic Life of Skagen
3. 19世紀末のデンマーク絵画─ 国際化と室内画の隆盛  Turn of the Century̶Diversity and the Rise of Painting Interiors
4. ヴィルヘルム・ハマスホイ─ 首都の静寂の中で  Vilhelm Hammershøi ̶ In the Urban Solitude and Silence

章ごとに壁の色が異なっていた。
1.ではアクアブルーというのか、ティファニーの包装紙のような色。
2.はライトブルー、黄色みの少ない、冷たい色。
3.は桃色。待ち焦がれた春のイメージ。
4.は白。アイボリーにもライトグレーにも思えた。
額装の金色が映える、個々の作品の背景としては勿論、空間として美しいなぁと思った。
もはやこの展示に住みたい、と思うレベル……!

ハマスホイとデンマーク絵画、とのタイトルだが、構成としてはデンマーク絵画の大枠を示してから。
デンマークの系譜にありつつ、異質である作風が際だつ。

以下、章毎に気になった作品のメモ。すごく長くなってしまった……


1. 日常礼賛─ デンマーク絵画の黄金期 no. 2「ランゲリニェと軍港を望むカステレズの風景」クレステン・クプゲ
雲の描写が印象的。

no. 8 「果物籠を持つ少女」コンスタンティーン ・ ハンスン
no. 9 「外科医クレスチャン・フェンガとその家族」マーティーヌス・ラアビュー 王侯貴族でなく、市民の肖像画が描かれる時代(もちろんそれなりに裕福な人々のものなのだろうが)。
外科医の家族には、ワンコとオウムも含まれるような。
「抑制の効いた表現」という説明。大陸の華美さでなく、シンプルさ。素朴というより、「素」

no. 11 「海岸通りと入り江の風景、静かな夏の午後」クレステン・クプゲ
海と空がつながる色合いが美しい。北欧の油絵の具は、他の土地のものと異なるのでは……?とまで思ってしまう。

no. 12 「シュレースヴィヒを彼方に望むアセンスの風景」ダンクヴァト・ドライア

no. 13「フレズレクスボー城の棟─ 湖と町、森を望む風景」クレステン・クプゲ
構図が印象的。風景をメインにしながら、画面の下部に屋根を黒く写り込ませている。
アクセントになっていて、メリハリが効いている。

no. 14「ブランスー島のドルメン」ダンクヴァト・ドライア
ドルメンとは「巨石墳墓」らしい。併記されているタイトルは”Stone Circle on the Island Brandsø with a View towards Gronninghoved and Anslet Forest”.

広い画面に、奥行き深く描かれている。巨石がまず目を惹くが、遠景の人々、手前の草花の細かな描写も美しい。

no. 15 「シェラン島、ロズスコウの小作地」ヨハン・トマス・ロンビュー
ナショナル・ロマン主義、愛国的な雰囲気。
牧場に牛とツバメ、ポピーなどの花々。郷愁とナショナリズム

no. 16「ティスヴィレの森から望むフレズレクスヴェアクの風景」ピーダ・クレスチャン・ スコウゴー ちょっとおどろおどろしい雰囲気。雲の色合いに不穏な予感
2. スケーイン派と北欧の光

no. 18「海辺の網干し場」ヴィゴ・ヨハンスン これまた少々、不気味な雰囲気。灰色の空

no. 22 「漁網を繕うクリストファ」ピーザ・スィヴェリーン・ クロイア
もう一作、女性が繕い物をする作品と合わせて、「つくろいもの」とは何だか尊い仕事だなと思った。
物を修繕しながら使う暮らしへの憧憬。
ボタンの付け直しすら億劫に思ってしまう自分とは、、、 漁師のモチーフにキリスト教っぽさを覚えてしまうのは、妄想が行き過ぎだろうか。

no. 23「スケーインの海に漕ぎ出すボート」
大画面、躍動感。油絵ならではの絵の具の盛り上がりが良い。
水際に埋まる石、砂の上の水の光、波しぶきの描写に見入ってしまった。
裸足の漁師さん、足が寒そう。

no. 28 「スケーインの北の野原で花を摘む少女と子供たち」ミケール・アンガ
三途の川の端の風景か、と思うくらいの美しさ懐かしさ。
見ていると引き込まれそう。

no. 31「スケーイン南海岸の夏の夕べ、アナ・アンガと マリーイ・クロイア」ピーザ・スィヴェリーン・ クロイア
ペールブルーの世界、画家の妻達が2人連れだって歩いて行く……。
3. 19世紀末のデンマーク絵画─ 国際化と室内画の隆盛
no. 33「花咲く桃の木、アルル」クレスチャン・モアイェ= ピーダスン
北欧画家、南仏にてゴッホと出会うの巻。

no. 35「夜の波止場、ホールン」ヨハン・ローゼ
アクリル絵の具みたいな、パッキリした色合い。

no. 36「夕暮れ」ユーリウス・ポウルスン
すごく良い。なんだか日本画にもありそうなグラデーション、沈む太陽の光にぼんわり照らされる木のシルエット。絵はがきでもあれば欲しかったのだが……

no. 42「遅めの朝食、新聞を読む画家の妻」ラウリツ・アナスン・レング
おしゃれで居心地良さそうな調度品。画面の中に入りたい。

no. 43「アンズダケの下拵えをする若い女性」ピーダ・イルステズ
きのこの鮮やかな橙色が画面の中で印象的。石突きをナイフで切り落としている。
ナイフは左手に持っているけど、きのこだとそういうものなのかしら(利き手と反対?)。

no. 47 「読書する少女のいる室内」カール・ホルスーウ
いすの背もたれが楕円形をしているのが印象的。 室内画の風潮を描いた後に、いよいよハマスホイの作品へ
4. ヴィルヘルム・ハマスホイ─ 首都の静寂の中で

no. 52 「夏の夜、ティスヴィレ」
何だか不安な感じの印象。だけど見入ってしまう。
自分の心の深淵をのぞき込むような不穏さ。

no. 62「チェロ奏者、ヘンリュ・ブラムスンの肖像」
制限された色使い。背景は下に行くほど暗く、足は暗がりに溶け込むよう。

no. 64「室内、ラーベクス・アリ」
ピンクの壁紙と灰色の風景。

no. 66「農場の家屋、レスネス」
工場みたいな無機質さ……

no. 69 「若いブナの森、フレズレクスヴェアク」
グレーと緑の風景。生命力も感じる。

・「明るく生活感のある」の逆の画面。誰も居ない古い部屋の美しさ。人々の痕跡は薄い。
・画家の妻の装い、黒いワンピースと白いうなじ。
・作品のあらわすもの。静謐さのなかに、不気味さを感じてしまうのはなぜか?


興味深い展覧会だったのだけど、まだまだ理解不足な気がする。
北欧デンマークハマスホイ、継続調査!

防水バックパック PURO BYDAY

スーツを着るときに使えるバックパック
買ってみた品が結構よかったので記録しておく。

求めていた条件は以下。
・見た目がシンプル
・サイズ:ノートPCを持ち運べる、A4ファイルが入る
・予算:1万円以内目安

東急ハンズやロフトに行く度に、カバン売り場をうろうろ。
最終的に決めたのは “PURO BYDAY”。

Amazonのキャンペーンもあり、¥9,000をやや切る金額で購入できた。
もともと、スマホ周りの機器を作っているイタリアの会社が作ったものらしい。
他にもたくさんの選択肢がある中だが、デザインに一目惚れ。

ポケットが少なめだったり、背負えない状況で持ち運ぶためのハンドルがそこまで強くなさそう?というのが買う前に思っていたデメリット。
でも、「背負ったときのスッキリ感」がほかの品よりも飛び抜けていいなと思った。

トートバッグみたいな2つの取っ手がついていれば、手提げで持ちやすいから、いろいろなシーンに便利かな?とも思う。
それでもやはり、背中に背負ったときには不要のハンドルが目立つのはあんまり好きじゃないなと。
2-wayとか3-wayとかって勿論便利なんだけど、専用品にくらべて複雑になるし、「帯に短し襷に長し」になるおそれがある。
下にも書いたが、外側のポケットが少ないのも特徴。あれば便利なんだけど、見た目がどうしてもゴチャゴチャする……。

実際に使ってみると、悩んだ甲斐もあり、「買ってよかった!!!」と心底思えるものだった。
・サイズ感は大きさ十分、かつ、そこまでバカでかい感もなし。
・品質が全体によい、素材感がいい
ジッパーは継ぎ目部分が隠れるようなつくり
表面は撥水加工、水をコロコロ弾く素材
→経年劣化の可能性はあるが、雨でも結構安心
・ジッパーの滑りがとても良い。
・ショルダーがしっかりしていて安心、クッション性がよくて、肩へのあたりが優しい
・上の持ち手も思ったより強そう。ずっと持っているのは厳しいかもしれないけど、ちゃんとクッションが入っていて手に優しい
・メイン部分のファスナーがかなり下の方までついているので、ガバッと開けられて便利
片側だけ開ければ、人目をあまり気にせずに下の方の荷物にアクセスできる
・厚めの素材で、型崩れしにくい
中身が少ないときでも形状を保ってくれる
リュックサックや縦型バッグの宿命に、すべての高さのない中身が下にたまっていく、ということがあるが、これはそこまででもないように思った。
・ポケットが少なめ
外側:メイン収納部と、ポケット1つのみ
内側:背中側のPC収納部+浅めのタブレット用ポケット、内側両サイドの小物ポケット
外側のポケットは、底までのスペースではなく、少し浅めにつくられており、中身を取り出しやすい。

もっとポケットが充実して便利なカバンはあるだろうが、ポーチや小袋に入れれば問題ない。

荷物の入れ替え等も考えると、作り付けのポケットに入れるよりも自分で小分けしたほうが使い勝手がいいし。

 

付属のタグを載せておく。

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一つ、気を付けるべきは、肩幅が狭かったり、撫で肩だったりする人には向かないサイズ感かもしれないということかな。

イタリアのメーカーだけあって、つくりはやや大きめ。

 

以前は、スーツを着るならリュックサックはちょっとイマイチ……と思っていた。
しかし、やはりノートPCやら書類やらを片手で運んでいると、身体に負担が大きい。
外回りの仕事ではないので、たまにしかつかわないしなぁと躊躇していた。

しかし、街をみてみると、背中にカバンを背負ったスーツ姿の人は結構増えてきた。
それに、いわゆる「リュックサック」:カジュアル、アウトドアな雰囲気のものでなく、ビジネスの場にも違和感ないデザインの、「バックパック」が出回ってきた。
自分も、スーツ×バックパック族の一員になれた♪
パッと物を出すことには向かないが、両手が空くのはとっても便利である。

これです。

正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美-(2)

これの続き。

 https://miyakoshi.hatenablog.com/entry/2019/11/21/223401

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螺鈿紫檀五絃琵琶
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000010076
後期に展示されていたのはごく最近の模造品。
弦には上皇后陛下が飼育された蚕の品種「小石丸」を使ったとのこと。
古来からの品種を維持していくというのは大事なことなのだな。これだけ豪奢な装飾と、楽器として弾ける、ということが両立できているのがスゴい……

紫檀木画槽琵琶
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000014803
ペルシャ起源の四弦の琵琶、とのこと。いかにも異国情緒が漂う。

・竜首水瓶
http://www.emuseum.jp/detail/100214/001/009?x=-144&y=-59&s=1
注ぎ口は竜のモチーフ。目には緑色のガラスが埋め込まれて、力強い雰囲気。
全体的には優美、繊細。ボディ部分にはペガサスが細かく彫り込まれている。

・漆胡瓶
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000010145
聖武天皇遺愛の品、とのこと。
鹿や鳥、草花が自由に描かれていて、見ていると心が和む風景。

・白瑠璃碗
後期みどころの一つ!
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000011989
失礼千万ながら、現代であれば古道具屋さんでも見かけそうだな…とふと思ってしまった。
それほどに汎用性があるデザインというか、千数百年前なのにすごい、というか。
照明が当てられると、反対側の面から入った光が切り子ごとにキラキラ反射していて、これは現物ならではだなぁと楽しんだ。

・動物闘争文帯飾板
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/heritagebig/408103/1/1
とても異国情緒のある文様。
2対になっていて、それぞれ馬が別々の獣に襲われている様子が描かれている。
騎馬民族に好まれるモチーフとのこと。
西洋の影響も少し感じられ、様々な文化がシルクロードを経て伝わってきたことを想像させられた。


この手の展示を、博物館で見るか、美術館で見るかといったスタンスの違いを思う。両者は完全には分離しきれないものだろうが、どこか異なるニュアンスがある気がする。博物館の視点は「物品を客観視する冷静さ」、美術館の視点は「作り手の思いをよみとる」。もしかしたら、そんなように説明できるかもしれない。

 

展示会タイトルがあらわす通り、昔々の宝物が良好に保存されてきたのは、皇室のものだったからということが大きいのだろうなぁ。

佳き品々を見られてよかったです。

正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美-

「御即位記念特別展 正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美-」を観に行ってきました。
https://artexhibition.jp/shosoin-tokyo2019/
東京国立博物館平成館にて、11月24日まで。


保存されている品物は、まさに「宝物」というにふさわしい。
シルクロードを経て日本にやって来た品物、もしくは伝来した技術を用いて日本でつくられた品物。
現存するそれらは、日本の宝であると同時に、世界的にみても貴重な宝、歴史的史料としても位置づけられるらしい。
また、品物を保存するための点検や調査、そして修復や復元(模造品の製作)などについても説明されていた。
美しさも勿論だが、1000年以上も前の人間が作ったものを、今見られることに畏敬の気持ち。


構成は以下。
1. 聖武天皇光明皇后ゆかりの宝物
2. 華麗なる染織美術
3. 名香の世界
4. 正倉院の琵琶
5. 工芸美の共演
6. 宝物をまもる


印象に残った展示品の所感。
・雑集
聖武天皇の筆によるもの。仏教について書かれた中国の詩を集めたものらしい。
国会図書館のデジタル図書館から閲覧可能。
http://www.dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2533738
すごく緻密な書。整然と漢字が並んでいる様子は、まさに宗教的。

・平螺鈿八角鏡(へいらでん はいの はっかくきょう)
宮内庁
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000010113
貝のきらめき、琥珀の色の深さ……。細かく嵌められたトルコ石。とても華やか。
とくに琥珀。こういう工芸品に琥珀が使われているのを見たのは、たぶん初めてだった。
Amberという色はこんなに美しいのだな。

・海磯鏡(かいききょう)
一転、白銅製の単色。山海の風景や仙人、獅子に鹿、鳥のモチーフ。
目をこらさないと何をあしらってあるのかわかりにくいが、しみじみ良さを感じる品。
e国宝↓
http://www.emuseum.jp/detail/100210

・紅牙撥鏤碁子、紺牙撥鏤碁子(こうげばちるのきし、こんげばちるのきし)
それぞれ、象牙の素材に異なる鳥があしらわれている。
撥鏤(ばちる)という技法は、染色した象牙を彫り、白く模様をあらわすもの。
2cmにも満たない碁石に、彫られた紋様に感嘆。

・銀平脱合子(ぎんへいだつのごうす)
上記の碁石入れ。平脱もしくは平文(ひょうもん)という技法。
文様に抜いた銀の薄板を張り、上から漆を塗ったあとに研ぎ出しているらしい。
蒔絵のひとつに分類できるようだ。
漆の黒、と酸化した銀の色合いの深みが美しい。
隣に、平成になって模造したものも展示されていた。
こちらもすばらしい工芸で、模造という語の濡れ衣を全く背負っていない。
新しいので、銀色が光ってこれまた美しい。

・紺夾纈絁几褥(こんきょう けち あしぎぬの きじょく)
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000015695
板締め染めという技法らしい。蓮華座の緑色のグラデーションに魅入られる。
デザインも流麗。

・花氈 第1号
http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000010503
羊毛をフェルト状にしたもの、らしい。大きさと色使いが印象的。
製作方法が理解不足なのもあるが、これだけの品物を当時の技術でつくる、ということが、もはや想像の枠外だった。織ったり編んだり、ではなくて羊毛を水で処理して縮め固めているということなのだろうが……

・黄熟香(蘭奢待
織田信長も切り取ったという名香。
ガラスケースの中にあるので香りはうかがいしれないが、解説によるといまでも香気成分が残っているとのこと。
良い香りをもつものが宝物という価値観は、いわゆる宝飾品と異なり、現代では失われつつある感覚である気もするが、当時の思いを偲んでみたり。

 

長くなるのでいったんここまで。



休日の午後に行ったので、かなりの混雑を予想したが、思ったほどではなかった。
入場規制もかかっておらず、場内はそこそこの人出ではあったものの、身動きがとれないほどではなかった。
人だかりの多い展示品の脇には、係員が配置されていて、移動しながら鑑賞するようにとアナウンスしてくれていたので、ストレス少なく見ることができたと思う。
しかし、大きめのカバンを肩掛けした人が比較的多く、少々辟易した。
ロッカーも十分数ありそうな様子なのだから、大きい荷物は預けていただけると、もう少し皆が快適なのではないかと思った。展示室内で使う道具があるわけでないし。
人間一体分+αでかさばっている人が多かったなぁ……。

美しい金のつや消しカトラリー SALUS(燕市)

美しい道具を手に入れた。

 

会社の名前は佐藤金属興業、ブランド名は「SALUS(セイラス)」
https://www.salus.co.jp
シリーズの名前は「エレガンテ」
https://www.salus.co.jp/products_category/elegante/

 

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「ヒメフォーク」を購入。
ヒメフォーク、とは国語辞典には載っていない言葉だが、「イチゴスプーン」と同様に、日本独特のガラパゴスカトラリーのようで、フルーツや菓子などをちょうど良く食べるためにつくられたものらしい。「くろもじ」のイメージなのだろう。

ティースプーンもアイスクリームスプーンもいくつか持っているし、料理を食べるためのフォークも持っていたのだが、「小さなフォーク」を持っていなかった。手に持ってかじり付くのが憚られるとき、りんごや梨を食べるときも、パスタをぐるぐる巻き付けられるほどの大きさのフォークを使うことに違和感を持っていた。
なので、近ごろは雑貨店に立ち寄るたびに「小さなフォーク」を探し求めていたのだが、なかなか気に入る物が見つけられていなかった……しかし、ついに、すてきなフォークに出会えた!

それが、上に示した「エレガンテ」。つや消しの金色がとても美しい。口当たりも滑らか。ほんとうはカトラリーをすべてこのシリーズに揃えたいし、ケーキフォーク(4本の歯のうちの1本が太くなっている、ヒメフォークより一回り大きなもの)も欲しい気もするのだが、まずはヒメフォークのみを購入。

ふわふわなシフォンケーキや土台がしっかりしたタルトなどには、こころもとないかもしれないが、ちょっとしたものを食べるのにうれしいサイズ。全部そろえれば、さすがに値段はかさむが、一つ一つの価格は手の届く範囲。
普段使いの食器というのは、デザインがおしゃれであっても好みじゃないと、日々使うのがつらいもの。値ごろで気に入るものが見つけられて、とても嬉しい。

 

vs. 木の実のタルト。

キャラメリゼされたナッツはもちろん、しっかりと焼かれたタルト台もそこそこの堅さ。

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慎重に使ったおかげもあるが、 しなったり曲がったりせず、ストレスなし。

さすがは燕市のメーカー、といったところか。

美しさと機能性を兼ね備えている。

所持していること、使うことに喜びを感じる、お気に入りの道具になった。

 

ここから買えます(アフィリエイトのリンクです) 

ラグビー観戦を楽しんでいる(4)

ラグビーワールドカップ2019 JAPANが終幕。南アフリカは強かったな……!
先々週末の準々決勝で日本代表の試合が終わり、緊張の糸は切れたが、準決勝も決勝も十分に楽しめた。


自分の心の動きと、気になった言葉の備忘。
・「日本をラグビーで元気にする」というフレーズが信じられるようになってきた。
 試合期間は、胸がつぶされるような光景が次々とニュース番組で映し出される日々でもあった。「もとの生活に戻る見通しはまったくたっていません」という、衝撃的なリポートなど。
 今回の気象災害はもちろん、痛めつけられたり、病んだりしている人々に対して、直接の物資や支援がまずは第一なのだろうが、第一段階の必要が満たされたら、次は「気持ち」を立て直すことが大事なのだろう。対象は違えど、ハードワークや倒れても起き上がる姿、一つの目的のために身を投じる様子で、気持ちが奮い立たせられる。直接自分とは関係ないところにいる人の行動に励まされる、という心の動きというのは真に人間らしいものだと思った。

・「勇気」と「誇り」という言葉が、特に日本代表の周囲によく見られたと思う。”Blave Blossoms”の愛称の通り、痛みを恐れない気持ち、困難にもひるまずに進んでいくというのが「勇敢さ」なのだろう。誇り、というのは「信じること」なのだな。

・「自己犠牲」
時に痛ましい結果になるし、危険さをはらんだ概念なのかなと思ってしまっていたが……
つまりは、「自分の仕事をする」「私がやる」精神がラグビーらしさなのだろう、と理解した。
皆が持ち場を守ること、仲間がいると信じてパスを出すこと、痛みを恐れずにタックルしていくこと……等々。
「他の誰かがやってくれる」と思わないという考え方かな。

・日本対南アフリカ戦、翌朝のニュースで廣瀬俊郎が語ったこと。
「日本人にスポーツの良さ、世界に日本文化の良さを示せた」
オリンピックが平和の祭典だというように、スポーツを通して、人々が感情を共有できることを知った。

・解説フレーズの「〜選手が”痛んでます”」がラグビー独特の表現かと思った。
もしかしたら「傷む」なのかもしれない。「(傷・身体の部位)が痛む」ではなく、主語が「一個人」というのが特徴的。念のため、手元の辞書を引いてみたが、(人)がいたむ、という用例はさすがに記載なし。英語でも同じような言い方があってのことかな?

・「レフェリーの論理」ラグビーの審判がかなり重要かつ独特の役割を担っていることがわかってきた。法曹者的というのか、「行動そのもの」+「意図」できっちり論理的にジャッジしていることが解るシーンが折々にあった(当たり前なのかもしれないが……)。選手ももちろんだが、相当な専門職なのだろうなぁと思った。調べてみると、集英社新書ラグビーをひもとく 反則でも笛を吹かない理由」李淳馹(リー・スンイル)という本にルールの背景などが書いてありそうだった。しかし、レフェリーがどんなトレーニングをしたり、どんな苦労があったりするのか、なんかのテレビで特集してくれないかな〜。NHKのプロフェッショナルみたいに(前に、相撲の行司を取り上げていたように)。


開幕前のリポビタンDカップも含め、地上派で放送された試合は全部チェックしたので、今期の単位は修得できたとして差し支えないと思っている。すべてリアルタイムで観られた訳ではないが、なんだかんだで、土日の夕方〜夜にテレビに張り付いていた1か月余りであった。ソファに座っているだけなのに、試合が終わってから腑抜けになってしまうのが目に見えていた。なので、なるべく風呂を済ませ、食事を準備しておくようにしていたので、無用にダラダラする時間が減って、観戦という意味では時間を使いつつも、家で過ごす時間が有益だった。ラグビーワールドカップは生活にメリハリをつけてくれた!

どうにかして、スタジアムで試合を見に行ってみたいところ。

 

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写真は、大浦天主堂聖母像。祈りの心地。

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平野啓一郎「私とは何か」

副題は”「個人」から「分人」へ”
講談社現代新書2172、著者が小説の中で描いてきた概念「分人」について1冊でまとめられている。

 

日蝕」は出たころに目を通した記憶があるが、理解がおいついていなかった。
学生の頃、何かのきっかけで「葬送」を読みはじめ、人物の内面描写にどっぷりとはまった。
B5ノート10ページ余りに、気になった文章を写し書きするほど。
読んでいて頭が刺激され、そのほとばしりをノートにぶつけたのだろう。
その後、おそらく著作を網羅はしていないが、ぽつりぽつりと読み進めている。
小説は考えさせられる内容に満ちているし、今回の新書は、人生を歩く手助けになる考え方が示されている。

 

「人間の基本単位を考え直す」というのが目的だと冒頭に記されている。「個人 individual」よりも小さな「分人 dividual」という単位を設定し、これを元に自分と他人との関わりを再考していく。最終章では、他人とは明確に分断される「個人」に対して、「他者との関係においては”分割不可能”」であるのが「分人」との論に至っている。分人主義とは、個人を大きな単位(人種や国籍など)で粗雑に統合するのではなく、単位を小さくすることで、きめ細やかな繋がりを発見させる思想だ、との説明。

「分人」という言葉が、新たに発明されているが、考え方としてはとても心になじみやすいと思った。序章に述べられているとおり、分人という「分析のための道具」を用いることで、「私たちは現在、どういう世界をどんなふうに生きていて、その現実をどう整理すればより生きやすくなるのか?」という人生の問い(私とは何か?自分はこれからどう生きていくべきなのか?)に対しての一つの考え方を示してくれている。

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章立ては以下の通り。
第一章 「本当の自分」はどこにあるか
第二章 分人とは何か
第三章 自分と他者を見つめ直す
第四章 愛すること・死ぬこと
第五章 分断を超えて

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印象に残った内容
・「本当の自分」と「ウソの自分」というモデルは幻想
・「分人」他者との相互作用の中で生じ、関係性の中で変化しうる、分人すべてが「本当の自分」
・中世における魔女裁判:人物の「存在そのもの」に対して行われる⇒自分の全存在をかけて、「魔女ではない」と証明しなければならない
(一方、近代の訴訟は「行為」に対して行われる)
・人間関係は多種多様:自分に対して「一切隠し事をしてはならない」「あなたのすべてを私に見せなさい」という態度は傲慢。相手に対して神になろうとしているも同然
・「本当の自分はただ一つ」という考え方は、人に不毛な苦しみを強いるもの
・私たちの人格そのものが、半分は他者のおかげ:自分とは、他者との関係で生じた分人の集合体であり、他者もまた、様々な人間との分人の集合体


「分人」という概念が必要ない人はそのままで良いだろうが、この概念を頭に置いておくことで、現代社会の「生きづらさ」がいくらか、解消されるのではないかと思う。以前から、「(こんなに生きづらいなんて)自分はなにか根本的な誤解をしているにちがいない」という思いが頭を離れなかった。最近は、少しだけ前よりうまくやれるようになってきている気がする。この本に書かれている考え方のおかげもありそうだ。

小説はなんだか衒学的なところもあるが(それもまた魅力なのだが)、この新書だと、身近な人間関係を例にとって、著者の考え方が平易に語られている。言葉は人を救う力があるな、と思った。

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映画版「マチネの終わりに」が公開されている。観るかな、どうかな……。

写真はとある秋に撮ったもの。今年も内省の季節がやって来た。

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「川上屋」で秋の実りを味わう(中津川市)


今週のお題「秋の空気」 

栗ざんまいの一日の記録。

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中津川市の「川上屋」へお出かけ。

行ったのは、喫茶併設の手賀野店。なお、「川上屋」と「恵那川上屋」を混同すると、関係者に処刑される可能性があるので要注意。

栗おこわを店内で食べ、栗菓子を持ち帰りに。

 

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喫茶スペース、栗乃舎にて「栗おこわ」を注文。
私が行ったタイミングではすぐに席に通してもらえましたが、待つときは待つようです。
名前を書いて待つのではなく、順々に座って待つように席がしつらえてありました。
(名簿があったけど廃止された模様。呼んでも来ない人が多発したのではないかと憶測)

栗というものは、エビと同じくらいには人をわくわくさせる力を持っているような気がします。
蒸し上がる様子を思い浮かべながら、しばらく待つとおこわが到着。

 

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味噌汁と切り干し大根、漬け物が添えられています。
ごぼうの味噌漬けかな?と思いましたが、正確にはゴボウではないようです。
「菊ごぼう」といい、アザミの仲間の根っことのこと(Wikipedia)。
独特の香りがありますが、ゴボウほど野性味はないような?
味噌漬けだからかもしれませんが、ゴボウよりも食べやすいように思いました。

栗おこわは、ごはんの上に栗が載っているタイプ。
混ぜ込んでしまうとせっかくの大きな栗がこわれてしまうので、この方が良いでしょう。
ぱらり、と振られた白ごまがうれしい。ごはんの薄い塩気が、栗の甘みをひきたてます。
おこわを食べつつ、菊牛蒡漬を囓ったり、切り干し大根をつまんだり。
シンプルな組み合わせですが、しみじみと美味しい昼餉となりました。

 

栗菓子は持ち帰りに。
ただ、喫茶に入らなくても、買ったお菓子が食べられるスペースがありました。
女の子が二人、栗きんとんをうれしそうに食べていました。
Coccoの、「お菓子と娘」を想い出したり。おいしいものを食べている笑顔はなんだか良いもの。

 

ほうじ茶を淹れつつ開封

栗粉餅は、個包装になっているタイプ。

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他の店では、「赤福」のように折り箱に入ったものもあるようです。
折り箱入りだと、餅と栗の分量がある程度フリースタイルで楽しいでしょうが、個包装だと1つ2つでも買い求められるのが良いです。

餅が入っているせいでしょうか、栗粉餅の賞味期限は当日。

栗きんとんは翌々日までの記載でしたが、可能な限り早く食べるのが良さそうです。

 

原材料名の記載は以下の通り。とても潔い。

・栗粉餅:栗、餅米、砂糖

・栗きんとん:栗、砂糖、トレハロース

栗って、あると惹かれるけど、必須の食材というわけでもない。

それでも、秋に栗を食べれば年中行事の義務をひとつ果たしたような、そんな満足感をおぼえるものです。

 

気合いを入れる日のようかんバタートースト


空腹になったときに、パフォーマンスが低下しやすい人間だという自覚がある。

子供のようだと思うが、自覚があるので、できる限りの対策をする。


「ようかんバタートースト」は相当腹持ちがよい。

気張って仕事をしないといけない日、昼食が後ろ倒しになりそうな日におすすめ。

ようかんを5mmくらいにスライスして食パンに載せ、トースターで焼く。焼けたら、薄く削ったバターをようかんのすきまに並べる。ようかんの上に乗せてしまうと溶けたバターがこぼれやすくなってしまうので、要注意。
ようかんの甘みとバターの塩気が絶妙。糖質と脂質をガッツリと取れて、なんだかガソリンを体に満たしてるような気分になれる。

二日酔いの朝などには絶対に食べられないメニューである。腹持ちの良さの先には、胃もたれという状態があるのかもしれない。
まあ、成分的には、あんこバタートーストと大して変わらないのだろうが、ようかんの方が寒天で固められている分、取り回しが良い。
なお、パンは厚切りの方がいい。4枚切りまで行かなくてもいいかもしれないが、5枚切りくらいの厚みがあったほうが、羊羹の重みにパンが負けないのでよい。

ようかんを、適当な大きさに切り分けて冷凍しておくと、保存が利くので便利だ。

 

使用した食材から、およそのカロリーを算出してみたのが以下。

・ようかん 150 kcal/50 g
・食パン 184 kcal/5枚切り1枚
・バター 75 kcal/10 g
合計で409 kcal。このカロリーをご飯だけで食べるなら、おにぎり2個分くらい。

コメだけ食べるよりも、感覚的には保つような気がしている。バターのおかげと、寒天の力ではないかと推察。

 

ついでに「ようかん」と「あんこ」の栄養成分を調べてみた。
文部科学省がデータベースを提供している。
https://fooddb.mext.go.jp/index.pl

ようかんは、あんことは違いそうだと予測していたが、

意外なことに、こしあんつぶあんでも違いがありそうだった。

  エネルギー 水分 たんぱく質 脂質 炭水化物 乾燥重量
kcal g g g g g
豆類/あずき/あん/こしあん 155 62.0 9.8 0.6 27.1 38.0
豆類/あずき/あん/つぶしあん 244 39.3 5.6 0.6 54.0 60.7
菓子類/ようかん/練りようかん 296 26.0 3.6 0.2 70.0 74.0

 しかし、水分の割合がずいぶん違うので、これを差し引き、乾燥重量あたりの成分を算出。

乾燥重量100gあたり エネルギー たんぱく質 脂質 炭水化物
kcal g g g
豆類/あずき/あん/こしあん 408 25.8 1.6 71.3
豆類/あずき/あん/つぶしあん 402 9.2 1.0 89.0
菓子類/ようかん/練りようかん 400 4.9 0.3 94.6

 エネルギーの差は、ほぼなくなったので、通常食べる状態でのカロリー差は水分含量の問題だけみたい。こしあんというのは、けっこう水気のあるものなのだな。この辺りはメーカーや作り方によっても違いそうだが……。

また、乾燥重量あたりのたんぱく質量は、こしあんが多い。なんとなく、粒あんのほうが豆の皮が入る分、"栄養"がありそうな印象だったが……。漉すことで、ある程度可溶性の成分が入りやすいということ?もしくは、タンパク質含量の少ない豆の皮が除かれて、豆のメインの部分、胚乳の比率が高まるということか……?

練り羊羹は同じ重量であれば、炭水化物が多め。お菓子として加工されている分、糖質が多いか、もしくは材料に追加されている寒天のせいか(お菓子だけに製菓)。

 

栄養成分であんを選ぶということも少ないだろうし、レシピによって大きく異なるだろうが、なかなか興味深いデータだった。

こんなWEBサイトが出来ているとは知らなかったなぁ。概要をみると、1994年から基本設計が始まっていたようだ。

https://fooddb.mext.go.jp/whats.html

期間ごとに個別食材へのアクセスランキングなども見られる。この推移を見たりしても面白いかもしれない。

また、自由研究向きの材料を見つけてしまった……。